雑感コラム 虹のふもと (2019.08.28)
虹のふもとには何があるのだろうと聞くと、虹のふもとには宝が埋まっている、という答えが返ってくる。でも、誰もそこに近づいた人はいない、それを見た人はいない。という答えも付け加えられる。誰でも一度は耳にしたことのある虹の話である。
虹が出ている。その時、そのふもとのことを考える。どこか謎めいていて、夢があって、わくわくする。虹にはそういう夢が膨らむような何かがある。
そもそも虹とは何かというと、雨上がりに、太陽と反対方向に地表から空中にかかる円弧状の帯のことである。それは、太陽光が空中に浮遊する水滴によって屈折や反射させられるときに出来るものである。
虹の色は、外側が赤色で内側の紫まで、順に赤(せき)・橙(とう)・黄(おう)・緑(りょく)・青(せい)・藍(らん)・紫(し)の7色である。しかし、アメリカでは6色と考えられたり、ドイツでは5色とされることもある。虹の色は地域や時代によっても違うのである。
日本でも、古くは8色や6色と捉えられたことがあったようだし、中国でも古くは5色と考えられていた。時代とともに虹の色数の表現は変化しているのである。
虹のふもとに宝物があるという伝説も、日本だけに限ったことではない。ヨーロッパや世界各地にも、昔からそのような話は存在している。
例えばドイツでは、虹のふもとには、宝物のカップがあるという言い伝えがある。それには太陽とか月や星の模様が入っていたり、あるいは中が虹の色に輝いている。そして、虹は水を飲むために天から現れる。虹が水を飲んでいる間に、虹のふもとに着ければ、そのカップを手に入れることが出来るというのである。
そして、カップを手に入れることが出来ると、その人は一生幸運に恵まれるのである。しかし、カップを売り払ったりすると、たちまち不幸に見舞われる。
また、フランスでは、虹が水を飲む場所では、柄杓かカップが見つかるという言い伝えがある。ブルガリアでも、虹が水を汲んだ場所には銀のカップがあるという言い伝えがある。
虹にまつわる話は、ヨーロッパだけでなく中国にも存在する。
中国での言い伝えでは、虹が家に入ってきて、釜の中の水を飲みほしてしまった。水はすぐになくなってしまったのだが、住んでいる人は「虹がやってくるなんて目出たいことだ」と喜んで、釜の中に酒を注ぎ足した。すると虹はこれも飲み干した。そして、釜の中に沢山の黄金を吐き出して去っていったというものである。
台湾にもいくつかあって、「昔、おじいさんが虹の両端を掘ったら黄金が出た」という話とか「虹の向こうへ行ければお金持ちになる」とか「竹の棒を投げて虹の黄色いところに当たったら、金が湧き出ている」という言い伝えが残っている。
日本各地にも、虹に関する言い伝えがいくつか残っている。いずれもが虹のふもとには宝がある、とか、虹のふもとを掘れば黄金が出てくる、というようなものである。
それでは、虹のふもとには行きつくことは出来るのだろうか。虹のふもとへたどり着いて、そこを掘ることなどできるのだろうか。素朴な疑問である。
虹は、太陽の反対方向に出現する。つまり、太陽を背にして立った時、虹は、太陽光の進む方向から、常に42度の角度を保って存在する。そのため、虹のふもとには、どんなに急いで行こうとしても、虹は42度の角度を保ち続けるので、虹との距離は縮まらないのである。
つまり、虹のふもとに行き着くことは出来ないということになる。虹のふもとに行くということは残念ながら不可能なのである。
しかし、全てが現実には出来ない事なのかというとそうでもない。虹のふもとに行くことはできなくても、条件が揃えば、虹と地表の接点を間近で見ることが出来るのである。うまく条件が整えば、虹と大地をつなぐ姿をほんの近くで見ることは可能になるのである。
そういう話があるから、虹のふもとの話には、まだ、夢がある。夢が残っている。夢を追いかけたくなるのである。
虹と類似したものに、環水平アークといわれるものがある。これは太陽の下の水平線上の薄雲に現れる虹のような短い光の帯のことである。つい最近にも観測された。
彩雲、といわれるものがある。これは環水平アークと同じような原理で出現する。太陽の近くを通りかかった雲が、鮮やかに輝いて虹色に彩られる現象である。
昔から彩雲が現れるのは、吉兆とされた。変化の時。仏教でも阿弥陀如来がそれに乗って現れるとされ、吉の兆しである。極めて吉なのである。
彩雲と、先日現れた環水平アークは、似たものではあるのだが別物である。違うのではあるが、それに近いものではある。
それが現れたことを縁起的に結び付けて、素直に喜びたい。周りの様相は、明らかに平穏ではない。重い気配が漂う中で、せめてもの救いであると思いたいのである。
虹のふもとには宝がある。彩雲のふもとには、宝がある。良い兆しであることを願いたい。
黒木美喜