雑感コラム 三猿の教え (2020.08.05)
日光東照宮の表門をくぐって左手を見ると、神馬(しんめ)の厩舎(きゅうしゃ)がある。
神厩舎(しんきゅうしゃ)とは、神様に仕える神馬(しんめ)をつなぐ厩(うまや)のことである。伝えられるには、初代の神馬は、徳川家康が関ヶ原の戦いで乗った白馬だった。現在でも、神馬である雄の白馬が、午前10時から午後2時まで厩舎につながれている。
その神厩舎の長押(なげし)の上に彫られているのが、有名な猿の彫刻で、人の人生を表すという合計16匹の猿の彫りものである。
陰陽五行思想では、馬が「火」であるのに対して、猿は「水」である。そういうことから、猿が馬を守る厩神(うまやがみ)であるという厩猿信仰(うまやざるしんこう)が、古くからあった。
参道側の長押には5面、西側に3面の計8面に、合計16匹の猿が彫られ、人間の一生が示されている。そのうち、最も有名なのが「見ざる、言わざる、聞かざる」の「三猿の教え」の猿の彫刻である。
三猿(さんえん)とは、3匹の猿が両手でそれぞれ目、口、耳を隠している像である。世界的にも知られている「見ざる、言わざる、聞かざる」という3つの教えを示している。
三猿は猿の幼年期を表している。両手でそれぞれ目、口、耳を押さえた三匹の猿の像での、見ざる、言わざる、聞かざるである。
物心のつく幼少期には、悪いことを見たり、言ったり、聞いたりしないで、良いものだけを受け入れなさい。素直な心のまま成長するように、という教えが暗示されている。
他人の欠点や過ち、自分や他の人にとって、不都合なことは、見たり、聞いたり、言ったりしない方がよい、という教えである。人の弱みや人のうわさ、口の軽い印象の悪い人にはならないように、という教訓が込められている。
三猿の由来は、他にも複数ある。どれが本当かいまだに解明されていないのだが、その中でも有力なのが、孔子の論語によるものだという説である。
論語は、孔子の教えを弟子達が記録したものである。その中には、人の考え方や生きる道、道徳などが書かれている。
論語の教えの中に、「礼儀に背くようなことには注目しない、耳を傾けない、言わない、しない」という4つの教訓がある。このことを分かり易く表現するために、身近な動物である「猿」を使った。それが三猿というのである。
また、三猿のことを庚申(こうしん)の猿と言うこともある。
庚申は、中国から伝えられた信仰である。身体にすむ三尸(さんし)虫が、天に登って天帝にその人の悪事を告げるといわれ、それを防ぐために三匹の猿を描いた。これを「見ざる、言わざる、聞かざる」として、このような行為を慎むことで、人生を安全幸福におくることができる、というものである。
いずれにせよ、礼に反するような事、余計な事は見ない方がよい、のである。礼に反するような事、余計な事は言わない方がよい。礼に反するような事は聞かない方がよい、ということである。
余計なことに惑わされず、振り回されず、ということである。周りの環境が、急に、大きく変わって、多くの人と会わないようにとか、人とあまり話さないようにとか、そういうことが推奨される世の中になっている。
どちらかといえば我慢を強いられているような気にもなって、窮屈な気持ちでいたが、見ざる、言わざる、聞かざる、と見ていくうちにそうでもないような気がしてきた。
必要である最低限の人に会って、余計な人とは出来るだけ会わないように、ということである。人とは余計なことも話さないように、ということである。
少し納得しているところもある。この機会に、よく考えてみなければならないことであるかもしれない。深く考えてみなければならないことかもしれない。
大声で話さないようにとか、大騒ぎをしないようにとか、それでいい場面も多くある。大変な時期ではあるのだが、視点を変えると、困ったことばかりではなくて、良しとすることもある。
黒木美喜