雑感コラム 雲の知らせ (2021.03.03)
見かけ上の地の果てである地平線までの距離は、約4.5kmほどになる。そんなものかという気持ちと、それだけしかないのかという気持ちがあって少し複雑だが、計算上はそうなるのである。昔の距離の単位で一里というのが4kmほどだから、昔の人は地平線までの距離を一区切りとしていたに違いない。
この地平線までの距離を出すには、それほど複雑な計算式ではなくて、数学でならった三平方の定理を使う。
地球上に立った人の高さをhとし、地平線上までの距離をℓとする。地球の半径をRとすると 
 ℓ²+R²=(R+h)²という式が成りたつ。
これを展開すると  ℓ=√(2Rh+h²)ということになる。
地球の半径が約6400kmだから160~70cmの身長の人は、地平線まで4.5~4.6kmの距離を見渡せるということになる。
計算上は見える範囲だということになるのだが、それでは、山の上から見た地平線上はどうなのだろう。
例えば、300mの山の上から見た地平線までの距離は62kmである。そして、富士山の上から見た地平線は220km。さらに高度10㎞の飛行機から見た地平線は350km。つまり、飛行機に乗れば、東京上空から名古屋や京都が見えるということになるのである。
これは逆も言えて、地上から見ると、300mの高さの山は60km離れていても地平線の限界付近に見えるはずだ。富士山も200km離れていて見えるかもしれないし、350km離れた所の上空を飛んでいる飛行機も地平線近くに見えるかもしれないのである。
それでは雲までの距離はどうなのだろう。
雲とひと口に言っても、天気の悪い日の雲は低い雲である。そうなると、山よりも低いということがある。300mの山よりも低い場合があるかもしれない。300mの高さで60kmだから、それよりも近い距離にある雲かもしれないのである。
天気の良い日の雲は、飛行機の高度ほどの高さということになる。高さが10km以上だから、350kmほど離れた距離である。計算上は東京から京都上空の雲が見えるということになってしまうのである。
雲は、大気中に固まって浮かぶ水や氷の固まりである。成分は水で液体か個体である。その粒子が太陽に反射することから、白や灰色に見える。また角度によって回析し彩色のある虹色に見えることもある。
9世紀までは、雲学という分野があって、雲の形態に関する研究が進んでいた。上空の大気の状態を知り、天気予報を行うのに、雲の観察が有力な方法だった。雲の形態と気象との関係を調べる雲学は気象学のなかで重要な位置を占めていたのである。
20世紀に入ると、上空の風や気温が直接測定できるようになって雲学の研究は衰退していった。しかし、最近になって気象衛星による雲の広範囲な分布が得られるようになると、地上観測では分からなかった様々な雲の形態が発見された。現在では再び雲学的な研究が盛んに行われるようになっている。
雲は、広範囲を見渡せる唯一の物理的な指標であるともいえる。雲は、何らかの地表の変化の影響も受けるのではないかということである。
例えば、地震が起きる際に生じる地中の岩盤のずれや、破壊に伴う巨大なエネルギーの変化である。エネルギーの集中や解放。それに伴う電磁波や水位の変化などである。それに雲も何らかの影響を受けているのではないかということである。
気象庁のHPに「地震予知について」の項目があって、その中に「地震雲はあるのですか」という質問がある。それに対し、「大気は地形の影響を受けます」「地震雲がないと言い切るのは難しいです」「地震とどのような関係で現れるのか、科学的な説明がなされていない状態です」としている。
地震雲がないとは言い切れないのである。ないという説明は出来ないということになるのである。
地上から見渡せる雲の範囲は広い。数十kmから300kmの範囲にも及ぶ。一箇所に居ながら、東京から京都までにも匹敵するような広い範囲を見渡せることにつながるのである。
地球の変化は微妙なことが多い。いまだに解明できていないことは多い。何らかの地表の異常が起きると、やはり天もその異常を訴えてくる。雲とか空とか空気とか、そういうものに異常が現れてくる。天は良いこともそうでないことも、いろいろな手段で訴えてくるのである。
このことは、今までにも度々起きている。肝心なのは、それに気付くのか気付かないか、ということになっていくのだろう。そこには、人によって何らかの差があるのかもしれない。それを求めようとする人、知ろうとする人。そういう人には、それなりのものが伝えられることになるだろうと思うのだが。
黒木美喜