雑感コラム 鹿の鳴き声 (2024.09.04)
何かの話をしている時に、鹿の鳴き声を聞いたことがあるかということになった。そういえば鹿はもちろん見たことはあるのだが、鹿の鳴き声は聞いたことがないような気がする。
どのように鳴くのかと聞くと、意外な鳴き声だと言って、「ケーンケーン」とか「フューンフューン」と鳴くのだと教えてもらった。意外な鳴き声だが、実際の声のトーンがよくわからない。後でネットで調べてみると、鹿の鳴き声の動画が挙げてあった。
すると、確かに意外な鳴き声である。「ケーンケーン」とか「フューンフューン」、であるような、いや、「ヒューヒュー」だろうか。言葉で表わすのは難しいが、そういう独特の声である。可愛らしい鹿の姿からは想像がつかないような変わった声とでもいうのだろう。鹿に結びつかない意外な声だった。
そこには、いくつか動画が挙げてあって、普通の鳴き声とかいろいろな場面での鹿の声を聞くことが出来た。相手を威嚇する時とか、警戒する時、発情期の時、小鹿を呼ぶときの声もある。鹿の声もこうやって聞き比べてみるといくつか使い分けているようで、微妙に違う鳴き方をしているのである。
なるほど、と思いながら聞いていたのだが、途中であることに気がついた。
その声を近頃になって聞いたことがあるのかもしれないのである。それも仕事場にいる時である。
拙宅の仕事場は3階にある。周りは住宅地で山の中ではないからもちろん鹿の姿など見たこともないし、近くで見たとかいう話も聞いたことがない。しかし、拙宅の裏の数百メートルの所に幹線道路が走っていて、その脇は小高い山がある。二百数十メートルの山ではあるのだが、その後ろは山並みとなって続いているのである。
家の近くの広場が、最近、工事現場の作業場になっていてトラックが出入りしている。時々、笛の音が聞こえたりしていたので、トラックの誘導だと思っていた。よく考えてみると作業員は笛などは使っていなかった。であればあの、「ヒューヒュー」とか「ピィーピィー」という音は何なのだろう。
そう思っていて合点がいった。あれは笛の音ではなかった。笛に似た音である。鹿の鳴き声かもしれないのである。近頃、少し離れた同じ山の麓にある公民館の近くに、鹿が出没しているらしいという話が入ってきた。やはり間違いない。あの音は鹿の鳴く声だったはずである。
最近になって、日本各地で鹿が住宅地の近くに出没しているという話がある。鹿だけでなく猿や熊も出没しているのである。温暖化の影響などもあって自然の変化が激しくなっているから、そういう影響があるのだろう。環境の変化の波は動物にも、市街地にも押し寄せているのである。困ったことだと思いながらもどこか遠くの出来事のように思っていた。それが何のことはない。身近でそういうことが起きていたのである。
気がつかないうちに鹿は身近にいたようだ。姿は見せないが近くにいることは間違いない。案外夜中に道を歩いていたりして、とか、結構親しみを込めて思ったりした。農家では作物を荒らす害獣の扱いを受けているのだが、その可愛らしい姿からは親しみを込めて見られている動物であることは確かである。
比較的最近、鹿の姿を見たのは、先日、奈良に行った時に寄った奈良公園でだった。奈良公園は、鹿の保護区でもある。そのせいもあるのか、鹿は街中でもゆったりと行動をしているし、観光客がいても動じることもない。奈良の鹿はむしろ観光客に寄り添いながら生活しているのである。
奈良公園にある春日大社には、鹿にまつわる言い伝えが残っている。それによると、奈良に鹿が連れてこられたのは奈良時代のことだと伝えられている。
神護景雲2年(768年)、奈良に、春日大社が創建された。その祭神は、鹿島神宮(茨城県)から勧請した。その時、神の使いとされ、連れてこられたのが鹿島神宮の鹿である。白い鹿は、背に神を乗せ一年を掛けて奈良の春日大社に向かった。そして、無事役目を負えると、鹿は奈良に居着いたのである。
鹿島神宮は、タケミカヅチを祭神とする。「古事記」によれば、神武東征の時、神武天皇に味方し、悪疫を退散させ、平和をもたらすための「剣」を授ける。神武天皇は、それによって国を平定させたと伝えられる。
奈良にいる鹿は、鹿島神宮の鹿が発祥とされている。奈良の鹿は、鹿島神宮の鹿である。鹿島神宮から神の使いとして春日大社にやって来た鹿が居着いたものである。春日大社は国の繁栄と守護のために創建された。その大事な役目を担ったのである。
鹿島神宮には「要石(かなめいし)」という地震封じの石も祀られている。世の中の安泰とか、守護とか地震封じとか、今、この時代に必要なことが、鹿島神宮とか春日大社の縁起にはある。そこには神々を運んでつないだ鹿の物語が少し含まれている。
近所に出没しているはずの鹿の話は、良いことであると考えていいかもしれない。
黒木美喜